KANJI ESSAY

~漢字たちと共に暮らす~ 胡蝶の週間漢字トリビア帳

気になった漢字や言葉を読みやすくご紹介いたします!

2021年7月の漢字トリビア帳

御家芸 2021年7月31日

東京オリンピックが先週から始まり、スポーツを普段観ない私がこの1週間で沢山のスポーツを一気に観るというだけで少し不思議な感覚です。
そんな私が気になったのはスポーツ競技の「御家芸」の3文字です。
柔道、体操、野球、バレーボール、マラソン、競泳、レスリングなど、こんなにメジャーな競技が日本の御家芸だったとはあらためて日本はスポーツが盛んな国だったことに驚きました。

御家流1 2021年7月31日

国技と言えば、書の世界では御家流です。
日本の独自の書風で江戸時代、徳川幕府が、我流の崩した文字による読み間違えや、争いを無くそうと御家流を浸透させ統一を計りました。
そして、実用書として寺子屋の手本とし、大衆へと広まり、江戸の町人文化を彩る書体へと変化して行きました。
時代劇などでもかわら版や、巻紙などでよく見かける流麗な文字です。
ちなみに御家流の文字は、尊円法親王(能筆)の流派(和様の書)に中国の南宋の張即之の力強さを加えた「青蓮院流」が始まりだそうです。

御家流2 2021年7月31日

御家流が庶民の手に浸透すると、総称で江戸文字と言われますが、芝居文字=歌舞伎の文字(勘亭流)や、ビラ文字が起源の寄席文字、そして、代表的な御家流の流れを汲んでいるとされる相撲文字などが生まれました。
「官公」とは違った町人の文字に変化していき、それぞれ考案者の名前がついた書体となり、独自の工夫が文字のデザインに隠されていました。
江戸時代はまさに、民衆のための活気ある書が溢れていたんだなと、感じます。

扇子1 2021年7月24日

扇子の起源は、団扇(うちわ)として中国から伝わり、それがもとで100年後の平安時代に扇子(せんす)となりました。
貴族の間での必需品として欠かせないものでしたが、当時はメモ変わりだったそうですので、恋文などの草稿を書いていたのかも知れません。
ちなみに現存する最古の扇子は、東寺の千手観音像の腕の中から発見され、元慶元年(877年)1144年前の扇子です。

扇子2 2021年7月24日

扇子はその後、中国を経由してヨーロッパに伝わって行きました。
マリーアントワネットでイメージできますが、貴族の間でも装飾品として豪華な扇子を、舞踏会などで持ち、会話を楽しんでいる光景を思い浮かべます。
日本の扇子のような和紙と竹で出来たものとは違って、レース刺繍や羽などのゴージャスな素材で出来ていました。
涼を生む道具ではなく、豪華な装飾で身分を見せつけるというような意味があったようです。
シンデレラが、ガラスの靴を脱ぎ落として、王子様が靴を持って町中を探すという童話のように、ヨーロッパの貴族たちの間でも、扇子をわざと落とし王子様に探させるという恋愛戦術があったそうです。
これは私の想像になりますが、扇子に貴族の紋章などの刺繍がされていて、結婚相手に相応しいかどうかの手掛かりとなったのかも知れないと思いました。

扇子3 2021年7月24日

「扇」おうぎの漢字は、会意文字と言って、違う意味の漢字が組み合わさって新たな意味の漢字が出来た文字を言います。
扇の場合は「戸」と「羽」で構成されていることから、戸や羽のようにバタバタと揺れ、風を起こすことから扇ぐの意味になりました。
最近の夏に感じることは、若い人が扇子を持っている光景はあまり見なくなり、首から扇風機を下げ、手にはスマホを持っているというのが今風になっていますね。
そういう私も、北海道育ちのせいか、扇子はあまり使う習慣はありませんが、夏に扇子を持っている人の姿は、情緒がありどんな時代でも途絶えて欲しくないなぁと思います。
ちなみに、京都に行くと、扇子のお店があちこちに在り、日本らしさを感じる要因だったのだなと思いました。

2021年7月18日

人が同じご馳走(お供えもの)を前にひざまずいて向かい合っている形です。
故郷に帰ることが出来ないまま、2年目に入るという方も多いのではないでしょうか。
一昨年までは、郷の字の意味とも重なり、離れている家族のもとへ帰省しお墓参りをし、家族団欒の時間を過ごせました。
古代の郷の漢字は、家族団欒というよりは、儀式的な意味が強いとは思いますが、来年のお正月までには、郷里に何の後ろめたさも無く帰れるようになって家族みんなで食事をしたいと願うばかりです。

七夕 2021年7月18日

7月7日、七夕の「織姫と彦星」はもともと中国の後漢以降の文献にあった「牛郎識女」という物語から、日本に伝わりました。
織女は、羽衣を着た天女でいつも織物を織っていました。
彦星(牛郎)は牛飼いで、二人は住む世界が違うにもかかわらず恋をし、一緒に暮らすようになり、子供も授かりましたが、織女が織物をやめてしまったり、天界の掟を破ったことで母親の怒りを買い、年に1回だけカササギの橋を西と東に架けられ、その橋を渡ってしか会うことが許されないという罰を与えられてしまいました。
それにしても二人の間に子供が居たとは意外でした。

織女 2021年7月18日

子供のころクリスマスに「おりひめ」という子供用の織り機を買ってもらい、嬉しくて夢中になって遊んだことを思い出しました。
織女の伝説のことはもちろん知りませんでしたが、マフラーや、小さな敷物などが自分の手で生み出されることや、毛糸の色の組み合わせや織り方で色んな模様ができ、模様のデザインを するということの、はじめての経験だったように思います。
ただ、のちにデザイン学校で織物を専攻しましたが、規則的な模様を周到な計算の上で織っていく作業は、残念なことに私には向かないと気がつきました。
糸が絡まったり、切れたりで大変だという苦い経験が強く残ってしまい、その経験から、紬や絣の生地を見ると、脱帽の思いに駆られ大事に使おうという気持ちになります。

2021年7月11日

「たくみ」は竹で編んだ籠の中に斧がある形です。
手斧を使って竹を割き、木を削る人が「匠」とされる人でしたが、それが広く意味が膨らみ、技芸などを教える人などの意味になりました。
師匠=先生
匠の技などの使われ方がありますが、切磋琢磨して最高の技術を磨き上げ、それを生業といている人のイメージです。
鵜匠、鷹匠なども匠を使っているので、職種は様々のようです。
天台宗の開祖、最澄の言葉で、「一隅を照らす」という言葉が重なりました。
「自分自身が置かれたその場所で、明るく光り輝くことのできるように精一杯努力する」という意味だそうです。

不滅1 2021年7月11日

比叡山延暦寺には、1200年間絶やすことなく灯し続けている「不滅の法灯」と呼ばれる灯火があります。
一瞬たりとも火が消えないよう、1200年前もの間、変わらぬ原始的な方法で、菜種油などで燃やしているとのことです。
最澄の教えの「一隅を照らす」の言葉を形として実践している証拠だと言えますが、過去の戦争や災害の時にも守り通して来た執念は、大変なものだと思いました。

不滅2 2021年7月11日

奈良東大寺二月堂のお水取りも、「不滅の法灯」と同じく1270年間途絶えることなく毎年行われているそうですが、今年は史上初めて無観客でのテレビ中継が行われ、そのことで私のような中途半端な耳学問で知っていたというだけの「お水取り」が映像で観る機会が与えられ、とても有難いことだなと思いました。
いつか、実際にその場に行って、僧侶の走る床の音の響きや、火の粉が舞って降りかかるような緊迫感の中に立ってみたいものです。

1 2021年7月3日

「かがみ」は、水に自分の姿を覗き込んで映した水鏡=「監」の字です。
後に金へんがつき、鑑になりました。
青銅や銅や鉄などの金属で作られた器に入った水に自分の姿を映したことから、監視、鑑みる、などの意味の漢字になりました。
その時代の人たちは、自分の姿を水を上から覗き込んだ顔しか見たことが無かったということを思うと、自分でお化粧をするのは大変だっただろうなと思いました。
そのころは刺青だったのかも知れません。

2 2021年7月3日

「かがみ」は、自分を映す鏡とは別な使用法で、祭祀や呪術具として用いられた鑑(鏡)があります。
中国では、古いもので4000年くらい前のものが発見されており、前漢~唐時代にかけて沢山作られていました。
その中の文様は、植物文、神獣文、鳥獣文、幾何学文と今に通じる文様がぎっしり鋳込まれており、漢字も文様のよう円の中や、四角の中に配置され省略化された異体字が多いですが、まさにデザイン書体の宝庫でもあります。
ラーメン丼ぶりの模様を思い描いてもらえると分かりやすいかも知れません。

3 2021年7月3日

今、博物館などで観る鑑は酸化して青緑色をしていますが、もともとは白銀や、黄金色に輝いていたそうです。
日本でも古墳などから出土しているため、呪術として使われていたり、嫁入り道具や、副葬品として納められているものが多いようです。
今では、鏡餅としてお正月にお供えする習慣はそこから来ているのですね。
文様の中に頻繁にある×印の文様は、魔除けの意味だそうです。
書かれている文字の文言は、主に吉祥語が書かれていて親しみやすいロゴのようにも見え、拓本を見ていると飽きることがありません。 

2021年6月の漢字トリビア帳

2021年6月27日

石は、山の崖の形と、口から出来ている文字です。
古い信仰で大きな石は神霊が宿るとされていたため、巨石の前で祭祀が行われ、その時の祝詞を入れる器が口の部分とされています。
イギリスにストーンヘンジというサークル型の古代遺跡がありますが、その巨大な石の柱は寸胴の形ではなく中間がやや太く作られています。
人の視覚的に、同じ太さで作るよりも真ん中が太い方が、よりどっしりと太く見える効果があり、ローマ神殿や法隆寺の柱も同じように作られているそうです。
全く同じ考えからかは分かりませんが、漢字の縦画も紡錘型に 真ん中よりやや下の辺りが一番太く膨らんでいて、最後だけすっと抜くというのが、安定感があり良い線と言えます。

2021年6月27日

鶴は、私の書の作品のモチーフで度々書いている漢字の一つです。
おめでたい意味があり、さらに生まれ故郷の北海道の道東地域に渡って来ていた鳥として、子供の頃から馴染みがありました。
結婚式などでも鶴亀は吉祥語として使われますが、鶴のつがいは、一生仲良く連れ添うそうで、双鶴という熟語もあります。
求愛のダンスをする行動は、写真などでも良く見ますが、最初だけではなくずっと寄り添うということを知り益々鶴が昔から尊ばれていたことが納得出来ました。

2021年6月27日

佛の漢字の意味は、ほのか、かすか、という意味があります。
右側の旁は、何本かの木を縄で巻き付けようとするが曲がりくねった木を束ねることが出来ない様子を表しています。
そのことから、人の身体としての物体は無くなっても、魂としてかすかに漂っている、または、ふと心の中に現れたり消えたりして見えないけど、いつも居る感じ。という意味で佛という意味で佛という字になったのかな?と思いました。

2021年6月20日

元の字は、鸛(コウノトリ)の意味でした。
鸛は、鳥占いでよく使われ、神意を察すること、みる、みきわめる、ことから観るという意味で使われる漢字になりました。
特に、農耕について占うことが多かったそうです。
昨日、新聞で「東京にコウノトリが来る」という見出しを見つけ読んでみると、吉祥寺の公園に、1羽どこかの町から譲ってもらったとのことでした。
野生の鸛は50年くらい前に絶滅し、今は繁殖も難しいながらも大事に、人口的に繁殖をさせているようです

2021年6月20日

青は、もとの字は「靑」で”生+丹”です。
丹は、鉱物質を含む土石を掘り起こした井戸を表す字で、変色せず、器などに使う絵の具の材料となりました。
シルクロードの西域にあるサマルカンドの古都は、青いタイルで埋め尽くされた建築物で統一されていて、宝石箱のようでもあり、青に支配された空間は、美しいだけではなく海を知らないシルクロードの人たちにとっては、貴重な水をイメージしての青なのかも知れません。
サマルカンドブルーは中国の陶磁器の青と、ペルシャのブルーとが混ざりあって生れた青です。
サマルカンドの人は、家族の一人が亡くなったあと、喪服として青い服を着る習慣とか。
しかも1年間も着るというのですから驚きです。

2021年6月20日

6月15日は弘法大師空海の誕生日でした。西暦774年に生まれているので、もし存命ならば1247歳ということになります。
幼いころの名前は真魚(まお)、号は遍照金剛(へんじょうこんごう)です。
魚という漢字は今では名前に使われることは殆ど無いですが、中国の紀元前昔から魚は、真っ暗な深海で生きる霊物として儀礼で霊廟にお供えされるほど崇められていました。
今の漢字は、点4つが下にあり、火を表していますが、もとは魚の尾の形です。

2021年6月13日

象形文字で、手を上げて舞い踊る人の形です。
巫女が踊っている姿ですが我を忘れて気を「うしなう」から出来ました。
「笑」も神を楽しませるために巫女が踊っている様子から出来た漢字です。
他にも「無」「舞」「楽」の字も、シャーマンが踊っている姿から出来た漢字で、どれも人の為ではなくて神様のための行いでした。
漢字も、もともとは甲骨文字と言って、神様に政治的な判断についてお伺いを立て、占ってもらうために用いていたものでした。
古い文字で左右が今と反対だったりする理由は、神に見せるためだったからというのが通説になっています。

続・ 2021年6月13日

中国ドラマ コウラン伝~始皇帝の母~が先日最終回となりました。
半年間、1話も欠かさずに観ていたので、大変な喪失感です。
ドラマが完結したので、その後の始皇帝がどうなったか調べていたら、病で59歳で巡幸中に死去し、その時に一緒にいた、胡亥という息子に他の王子を後継者にと書いてある遺言状を残したものの即破り捨て、自分が後継するという遺言状に書き変え、全ての兄弟と父始皇帝の若い沢山の妃も皆殺して皇帝の座に就いたそうです。
でも、5年で秦は滅亡しました。

2021年6月13日

漢字の成り立ちとしては、とても分かりやすく、今と全く同じ人間の行動から作られている漢字です。
自は、鼻の形で、自分の鼻を指して、ジェスチャーしたことから自分の「自」の意味になりました。
コロナ禍では、今まで続いて来た人間のコミュニケーションの手段が難しくなり、海外のスキンシップが多い国の人たちにとってはより、我慢の多い日常だろうと思います。
先週から少し暑く感じる日があり、日本では、流しそうめんは出来なくなるだろうなと、ふと考えてしまいました。

続・ 2021年6月5日

天=円で、四角=地という法則が中国で古くからあるということを、先日書きました。
そのことから通じるのですが、秦の始皇帝が貨幣を丸くすることを定めたそうです。
それまでは、貨幣の形は中国の中でも国ごとで長い形だったり様々な形でした。
円い形で中が四角く穴が空いているのは、日本の江戸時代にもそっくりな貨幣があり、始皇帝が考え出した形が後世にも息づいています。

2021年6月5日

しんにょうは、歩く、行くの意味があり、首は他族の首を手に持ちその呪力で呪いを祓い清めて進んだことから、「道」の字が生れました。
秦の始皇帝が中国国土を統一しやすくするために 度量衡、道幅や、文字などを統一しましました。
始皇帝専用の文字を篆書(小篆)体とし、臣下(君主に仕えるけらい)が隷書を使用することを定めました。
今では隷書体は、お札や〇〇新聞などの字として使われていて、名称として立派な印象を与える場合に使われていることが多いです。
筆跡鑑定としては、縦画を長く書く人は組織のトップに向いている人で、縦は短く横に延びた線で書く人は社長の下で能力を持っている立場の人という一つの見方があります。

聖徳太子 2021年6月5日

先日、聖徳太子のことを取り上げた番組内で、筆跡に関して注目していました。
聖徳太子の書いた字の特徴は、横画の細長い線で、転折(右の角)が丸く膨らんでいるのが主な特徴でした。
中国の文化を意識し改革をしていたこともあって文字も中国の影響を受けて書いていると思うので、100%聖徳太子の字の特徴として観るのもどうかと思いますが、角が丸くなっている部分を見ると、包容力があり柔軟な性格だったということが言えます。
それと写経生のような職人型の字ではなく、途中途中で字の大きさに変化があるのも特徴で、チャレンジ意欲が強く、やはり、波乱万丈型の字でした。
聖徳太子の人間味も感じられ親しみが持てました。
聖徳太子の像の目の部分の中に、観音菩薩が入っていて、聖徳太子の人柄もまさに民を思い、菩薩様のような信頼のできる人柄だったと言われています。
だから、日本のお札に何度も登場するに相応しい人物ということのようです。

2021年5月の漢字トリビア帳

雲月 2021年5月29日

雲の字は、雲の中から竜の巻いている尾が少し現われている形です。
「月」はその見た目通り、三日月の形です。
一昨日、皆既月食とスーパームーンだったそうですが、その日はニュースを見ていなく後から知ったのですが、前の日の夜にマンションの階段の踊り場から見えた月に感動し、月の影のような凹凸の黒い部分を、まじまじと暫く見ていました。
そして、月の明るさで重なっている雲が透け、レースのカーテンのように見え、本当に幻想的でした。
本当にたまたまですが、「満月」と書いた作品を4日前に思い出して飾っており、たまたま月食のあった次の日に片付けていました。
今思えば、月の力の何かしらの影響があったのかも知れません(笑)

羊毛 2021年5月29日

私にとって、筆は自分の手の延長にいつもある大事な道具ですが、羊毛と言っている筆は、実は山羊(ヤギ)の毛です。
羊毛というと、ウールになるモコモコの羊を思い浮かべ、ストレートパーマをかけて筆になっているのかと思っていましたが、実は中国の山岳地帯の断崖絶壁などにいる、ヤギの毛で作られています。
一般に使われている筆の毛は、自然界の山羊ではなく、家畜として飼われているヤギの毛であることが多い思いますが、山羊(ヤギ)の顎の毛は長く、筆のように真っ直ぐ伸びていて、顎のひげの部分だけ使用した筆はかなり高価だと思われます。

2021年5月29日

円相の課題作品を制作していて感じたことですが、円には他の形にはない、「氣」を感じるということです。
とにかく〇という記号の意味だけではない特別な力があるように思います。
それもそのはずで、中国で古くからある「天円地方」という宇宙観の思想があります。
天は円く宇宙を表し、地方は四角「方形」大地であるという考えです。
書の世界にも同様に、殆どの漢字の形は〇と四角で囲うことができるという先生の研究をもとに、CACAのグループで取り組んでおり、それをアートにするという前代未聞の研究と制作に取り組んでいます。

文字1 2021年5月22日

先日、ネットで買い物した品物が届き、個人の方から送られて来たため、手書きの文字でメッセージや送付状などが書かれておりました。
大変綺麗な字で、しばらく見入ってしまいました。
はつらつ感と熟成された渋みが同居している印象を受ける文字でしたので、60代くらいの方なのかな~、生活環境、お顔など色々と妄想が止まらなくなりました。

文字2 2021年5月22日

ある年齢層、大体ですが、60代半ば以上の方の文字は日常の中で手書き文字が主流だった時代のせいもあり、いわゆる達筆な方が多いように思います。
その後、今の40代~50代では丸文字や、のりピー語などが流行り、ポップな字やペン字の横文字に適した字へと変わりました。
丸文字は、温かみと人懐っこさを感じ、ちょっとしたメモなどに書いてあると癒されますね。

文字3 2021年5月22日

手書きの文字については、個性がある字も魅力的で、上手くなって欲しくないと思うこともあります。
ただ、字にコンプレックスを抱えている方も多いようです。
自分の名前は一番頻繁に書くのに上手くならないのはなぜかというと、「潜在意識」=「無意識」が自分の身体を通して書いているからです。
「顕在意識」と「潜在意識」と両極がありますが、考えて行動する力「顕在」より、無意識に動こうとする力「潜在」の方が何倍も強いので、よほど意識して上手くなりたい、変わりたいと願って訓練をしないと、字は何度書いても同じなのです。
自分の経験としても、名前は書き慣れているため、安心してしまい練習しないので下手なままということになってしまいがちです。

2021年5月16日

今回は、紙の漢字の成り立ちではなく、紙を発明した人の話をご紹介します。
中国の後漢時代、和帝に仕えていた人物で「蔡倫」という名の宦官がいました。
物を作る技術に優れ、弓矢、馬具、剣などは第一級品で宮中でも有名でした。
そしてある時、魚網に、麻や樹皮などが絡まっている様子を見てひらめき、研究を重ね、紙を作り出しました。
そして、105年に和帝に献上したことが紙の始まりとなり、絹よりもさらに歴史的な発明へとつながって行くことになります。

続・ 2021年5月16日

その後、蔡倫が発明した紙は、751年、唐の軍隊がイスラム帝国の軍との戦い(タラス川の会戦)で敗れ、捕虜となった兵士の中に紙漉き職人がいて、そこから紙漉きの技術が西方のイスラム世界に伝播されました。
それまでパピルスや、羊皮紙だった西洋にとっても革命的だったことでしょう。
それにしても唐から西洋へ伝わるまで600年以上の月日がかかっているのも、現代の世界中の情報が一瞬で伝わるスピードと桁違いですね。

2021年5月16日

心を満たすこと、「満足感」を得ることは、一日の中で幾度かあると思います。
「満」の字の漢字の成り立ちは、膝掛けの刺繍がびっしり全体に施されている様子から出来た漢字です。
中国、韓国ドラマを観ていると、皇帝貴族の衣装は必ず、超豪華な刺繍が施してあり、衣装だけ見ていても飽きないくらいです。
価値が高い絹糸を存分に纏っていることが権威の象徴だったのだろうと思います。

2021年5月10日

この時期にふさわしい漢字は”薫風の「薫」”ではないでしょうか。
薫は、新緑の時期の爽やかで上品な風のイメージですが薫の漢字1文字で考えると、鍋か袋に入れた香草などを下から火で炙っている形です。
「墨」の字も、同じように下から火で炙って煤(すす)を集めて膠で固めて作っていることから、その状況を想像することが出来ますね。

2021年5月10日

草冠と、方が農機具のスキの形。
延びた草を刈るということになります。
良い花の香り。かんばしい香り。良い行い。賢い人。など色々な良い意味で使われます。
父の名前「芳孝」の一文字で馴染みがあった字です。

琉球 2021年5月10日

中国の隋(600年ころ、日本だと飛鳥時代)が「流求国」と記したことから琉球国となりました。
「沖縄」の呼び名は、日本本土で呼んでいた名だそうです。
先日、沖縄の琉球舞踊関係のお客様からのご依頼で認定状を書きました。
「琉球」という2文字が気になり、調べてみたところ、王ヘンは、本来は、玉の意味があり玉を紐で3つ結んだ形ともされています。
中国の古代から、王様の棺は、玉で覆われていたり、王様だけが持つことが出来た宝飾品だったという話もありますので、王=玉というのは納得できます。

2021年5月7日

草や、芽が上に生える象形文字です。
先月の銀座の展覧会の時のことですが、展示している作品の上を、虫が歩いるのを発見したのです。
一瞬ドキっとしましたが、急に気温が温かくなり、虫、花、などあらゆる生命が活動し始める季節になったのだな、と感じました。

2021年5月7日

今日、レアなお名前の方から名刺を頂きました。
衣が2か所も入った苗字でした。
埼玉と新潟に多く、日本に600人程度しか居ないお名前だとのことでした。
そこで、もっと掘り下げて調べてみました。
やはり、祖先の職業が僧尼の衣服(袈裟)の関係のお仕事だったそうです。
衣の漢字の形は、袈裟の襟元の形から出来た文字で古代中国では、色の染料が貴重なほど、高貴な位の人がその衣の色を身に付けるということが主流でした。

2021年5月7日

先日、「楊准表記」1世紀後漢時代の石碑で(古隷)と呼ばれる法帖を見ていたら、尚の字が沢山ありました。
可愛い字だなと思っていたところ、お客さんから「尚」の字を作品にして欲しいという依頼を受け、気になって調べてみました。
「尚」は建物の形を表し、その時代、片側が流れた屋根が主流でしたが、位の高い人の家は両方が流れ屋根(三角屋根)であったことから高尚な、尊崇な意味の字として用いられるようになったそうです。

2021年5月2日

「風」の中の部分は、もともと鳳「ほう」の字で、「虫」ではなく、鳥だったそうです。
ある時期から鳥ではなく虫に変化しました。
虫は、鳥蟲篆の書体でも使われているように、虫ではなく蛇のことを言います。
龍は体は蛇だとされおり、風の中の虫は「龍」のことのようです。
今日、風が吹きつける雨の中を歩いていて思いましたが龍が風を起こし、水しぶきを巻き散らしているように感じました。
太古の人は、同じように想像して漢字に投影したのかなと、思いました。

2021年5月2日

右のつくりの下部は、「心」の下は足をクロスさせている形です。
他人の悲しみに気づき、振り向いて寄り添い同じように悲しむ人の姿です
あの太宰治も、「優」の漢字が一番好きだったと聞いたことがあります。
優秀などの字として、優れているという意味に使われますが、「優」の成り立ちの意味は、悲しい出来事の経験が多いほどより、分かることのように思います。
ある方から、「人は、片親を亡くして半人前、両親を亡くして一人前になる。」という言葉を教えられました。
とても「優」の字の意味に共感できるようになりました。

2021年5月2日

白い糸を染め汁に入れる時に束ねられた結び目の部分が白く残り、その部分を「素」と呼びました。
「書」でいう素心(素朴)の書とは、自分の中の染まっていない白(素)の部分を探してただの棒を引く感覚で書いてみる。
素の線で書いた文字は、嫌味がなくいつも一緒に居たくなる字となります。

素人「しろうと」白
玄人「くろうと」黒