Words & calligraphy

漢字エッセイ

書家・出口胡蝶の、書とことば。

20221月3編のエッセイ

回教展

文 出口胡蝶

イスラーム世界の幾何学模様
(ブルーモスクの天井・参照)

先日、東京国立博物館で開催されている「イスラーム王朝とムスリムの世界展」を拝観して来ました。
シルクロードでお馴染みの建造物(モスク)のブルーの世界に想いを馳せて、異国の地に足を踏み入れたような贅沢な時間に酔いしれて来ました。
イスラーム文化や美術のことは、興味がありながらも、殆ど知らない事だらけでしたので、少しだけ調べてみると、イスラーム文化圏だけに留まらず、中国、日本にも長い道のりを通り、身近な存在である書にも影響が及んでいることが分かりました。

「豆知識として」
◆イスラーム王朝は、14代の王朝が交代した歴史がありその中で、オスマン朝が600年間で最長の王朝でした。
◆「ムスリム」とは、イスラム教徒を表わしたアラビア語でアラーの神の教えに帰依する者を意味しています。イスラム教徒は、世界の人口4分の1も占めているそうです。

数学「幾何学文様」
◆ムスリムの世界の美術には、幾何学的な組紐文様、渦巻き植物文様、碑銘などの文字文様の装飾的特徴があり、人間や動物は殆ど描かれることはありません。
千年以上の時を重ねても、ムスリムの宮廷工房の職人たちが製作する文様は、同じ文様で表現され続けて来ており、初期のころに数学の概念を基本とした幾何学文様を誕生させ、左右対称の規則的な文様の(タイル)で建造物の壁面や調度品を埋め尽くし、神の無限性を強調させていると思われます。

次週につづく

挑

文 出口胡蝶

兆「亀の甲羅」

手へん「兆」はト兆(占い)の形で亀の甲羅に灼けて出来てヒビ割れの形です。
挑戦『戦いを仕掛けること。また困難なことに立ち向かうこと』

先日、ライオンズクラブの新年会があり、書初めの講師としてお招き頂き、初挑戦でしたが講演をさせて頂きました。
今までだったらお断りしていたかも知れないのですが、何故かやってみたいという気持ちが勝っていたので、約2週間程度で色々と企画を練り、準備をして臨みました。
準備の中で、ぶらっと立ち寄った本屋で、たまたま手に取った本が大谷翔平選手の青年時代から取材し書き下された本でした。
「挑戦するマインド」と小さな文字で書かれたキャッチコピーに惹かれ、思わず買ってしまいました。
本人の言葉で、自分を俯瞰して見た時の長所として、現状が良くても悪くても守りに行かないでどんどん変えて行くことが良いところだと述べられていました。
すごくいい状態でも、それを維持して行こうというよりはさらにそれを超える技術を一つ試してみようと思うこと= "挑戦するマインド" とのことでした。
そのマインドが二刀流の誰にも出来ない大谷選手を作り上げたのだということが分かりました。
大谷選手の書いた文字の筆跡を見ても、かなり右上がりが強く、意志の強さと、起筆が強いのも、一つ一つの物事に集中し真剣に取り組む姿勢が伺えます。
字と字がぶつかっている箇所も所々あり、周囲を気にして、ほどほどに自分を抑えてたりするのではなくのびのびと自分を出せる性格なのも、字に表れています。

新年会も、無事に終わり、参加者の方々から、良かったという感想も頂いたそうなので安心しました。
これをきっかけに、今年の私の漢字1文字は「挑」の字で行こうと思っています。

関東上空の景色
(上空からの舞浜と富士山)

参

文 出口胡蝶

柴又帝釈天

今年は、7年ぶりに柴又帝釈天の門を潜り、元旦から初詣ではなく、護摩札の揮毫という縁起の良いお仕事をさせて頂きに行って参りました。
柴又帝釈天は、「男はつらいよ」の寅さんのお寺として親しまれている印象が強いがために、お寺の正式名称が「経栄山題経寺」と言い、日蓮宗のお寺だということは、意外に知らない方も多いかと思います。
私にとっても、今年のお正月はお寺で過ごしたため、「参」の漢字がふさわしく思いましたので、ご紹介したいと思います。
「参」は、元の字は ムが3つあり、3本のかんざしを頭髪に指している人「巫女」がひざまずいている姿を現しています。
「参拝」は神社、お寺へ行き拝む儀式のことで、「参詣」は拝むことも含んではいますが、お寺神社へ行くことの行為全てを含んでいます。

ストーンヘンジ

参拝巡礼の歴史を遡ると、イギリスのストーンヘンジという古代遺跡があります。 紀元前2500年から紀元前2000年の間に造られたとされ、高さ7メートル位の巨石円柱をサークル状に並べた単純な形ですが、巨大な石をどうやって運んだかなど、謎に包まれている事が多いそうです。
このサークルはお墓として、多くの人々が眠っているそうですが、その地域の人々(民族)だけではなく、かなり遠方からもわざわざ巡礼者が決まった日に訪れ、 盛大な宴が催されていました。
太陽に祈ることで、生命の恵みを維持すると信じられ、沢山の人々と共有し合うことで生きる希望を見い出し、エネルギーを温存するという儀式が行われていたことが分かっています。
考えてみると、現代でもお正月に何となく神社やお寺に参拝に行ったり、大事な人に会う、家族に会う、などを習慣として来ましたが、古代から共通の意味を持って続けられて来ているということを考えると、人間にとって共通の重要な行為なのかなという気がして来ました。
私も、自分のパワースポットを見つけてみたくなりました。