Words & calligraphy

漢字エッセイ

書家・出口胡蝶の、書とことば。

20225月4編のエッセイ

白隠

文 出口胡蝶

白隠慧鶴は、江戸中期の禅僧です。
駿河国浮島(現,静岡県沼津市)に生まれました。
白隠は、全国を行脚しながら、おびただしい数の禅画や墨蹟を残していますが、書画が職業ではなく、臨済宗の名君の祖として 禅宗の教えを説くために書きました。

白隠

11歳の頃に母に連れられ、お寺に説法を聞きに行ったときに、地獄と極楽は表裏一体であるという話を聞き、その教えに対する恐怖が、出家の動機になり、「南無地獄大菩薩」と地獄と極楽を同じ画面に描き残しました。

白隠南無地獄大菩薩
(白隠南無地獄大菩薩)

白隠の字は、禅の書の中でも特徴がはっきりしており、白隠が書いた、という事が一目で分かります。
どこが違うかというと、かなりの肉太線だということと、全ての起筆から収筆まで丸みがあり、相撲文字や、寄席文字とも似ていますね。
さらに紙面の下の方が段々字が詰まっていたりして、子供が書いたような感じもします。

相撲文字
(相撲文字)

大衆文字を取り入れ禅語を書くことで、民衆に白隠の教えが届きやすかったから?なのかなとも考えられます。
だだ、どの作品を見てもウケを狙ってというだけでなく、本人のキャラクターがそのまま表れているような気がしてきます。

今回の「墨蹟」とは? という私なりの結論は、一休さんにしても、白隠さんにしても、高僧の愛嬌を感じ、親しみが滲み出ている書のことのように思いました。

墨蹟

文 出口胡蝶

白隠

今日は、禅の書をテーマにした勉強会に参加し、書の新たな魅力を知ることが出来ましたので(禅の書)禅林墨蹟の書についてほんの少しまとめてみました。

墨蹟とは、禅宗の高僧が書いた書のことですが、書の中でも書道家が書く「書道」の字と、禅僧が書く「墨蹟」には違いがあります。
「書道」は、伝統の法則、技術を学び、鍛錬により美しさを追求した書が一般的ですが、「墨蹟」は形の美しさではなく、己と向き合い、生きることの根源を修行により悟った人による生気のほとばしりを感じる書だということが言えます。

池大雅筆
(池大雅筆)

※茶席の書とは
日本では、室町時代中頃に、一休宗純(臨済宗大徳寺の僧侶)が弟子に印可状を授け、その弟子が侘び茶を大成した千利休と関わり、その後利休が茶席の床の間では、墨蹟が第一と位置づけました。
そのような流れがあり、今でも床の間は日常の中での神聖な場書であり、掛けられている書の世界感が発露され、観る者との心が一体となり、特別な空気を体感することが出来ます。

一休宗純墨蹟
(一休宗純墨蹟)

※印可状とは
師匠が弟子に対し、修行の過程において重要と思われることがらの全てを伝えたことの証明のこと。

型

文 出口胡蝶

尊円法親王
(尊円法親王)

前々回、藤原行成(972年)が世尊流という日本往来の書体を作り上げたという事をご紹介しましたが、もう少し深く調べていくと、御家流の書は行成の平安時代より300年ほど後の鎌倉時代に、尊円法親王(1298年)という能書家(青蓮院第十七世門跡で伏見天皇の第6皇子)が、行成の世尊流を汲んだ書を広めたことで、御家流=尊円流とも呼ばれるようになったそうです。

字典『極』
(尊円法親王の書)

そもそも、御家流は、沢山の人が継承して行く中で生まれた流派の総称だということが言えるため、尊円流ではなく御家流と呼ばせて頂くことにします。

江戸時代に御家流を、一般の公用文字として全国各地の庶民の子供が寺子屋で習っていた事は良く耳にしますが、公用文字にしては、行書、草書での崩し字のようなどちらかと言うと、私たちには芸術的な立派で流麗な古い文字という印象です。
でも、今回遡ってどの時代から誰の書が元になっているかということをちゃんと理解して行くと、今私がまさに鍛錬して習得しようとしている藤原行成の字体だったことを知り、日本人として近年まで庶民の誰もが書いていた身近な書体だったのだなと、あらためて気が付かされました。
今では、時代劇や、資料館などでしか見ることが出来ないため特別な人が書いたように感じますが、江戸時代には、庶民の誰もがこの至難の美しい文字を書いていたと思うと、型は一つでも個性豊かな十人十色の書体で溢れていたことと思います。

寺子屋手本千字文
(寺子屋手本千字文)

今で言うと子供が、スマホを使いこなして何でも出来ることと同じように当たり前だったのかな? と考えることもできますが。。。
筆文字という日常無くてはならないツールだったにも関わらず、あっという間に読める人も書ける人も衰退してしまったことは残念だなと思います。
でも私自身がこれから、御家流の筆の技術を持てるようになれたら、と今後の課題として考えている昨今です。

◆御家流=書道よりも、香道での流儀を指す意味合いが強いようです。
「書道」の流派は、数百、数千もの流派が派生し「流派」という概念では、はっきり分けることが難しくなっています。
武道などと一緒で、「型」があってこその流派なので、書は、流派のしがらみが薄い分、「型」も曖昧になってしまっているのが現状のようです。
ルーツとされている行成先生、さらに遡って王義之先生の字を研究することが一番良い勉強法だという事が言えます。

極

文 出口胡蝶

字典『極』
(字典『極』)

先週に引き続きまして受賞作品の解説を、今回は倣書部門「極」についてです。
まず「倣書とは」?から解説いたします。

「倣書」は、もともとある名筆の字をベースに、創作へと移行させることを言います。
本来の古典の字の持つ品格や、時代の空気感を大事にしつつ作品としてのアイキャッチや、線で物語性を持たせ現代にも通じる書として生まれ変わらせることだと思います。

王義之喪乱帖「極」
(王義之喪乱帖「極」)

今回の私の作品は、王義之や、その流れをくんだ日本の三筆=空海、嵯峨天皇、橘逸勢。
三蹟=小野道風、藤原佐理、行成の書体の字形をベースにし、それにアレンジを加えていますがもともとの字形をあまり壊さずに書いています。
使用した道具は、筆は2本の筆を合わせて合筆で書きました。
墨は、古墨を使用し、線の重なった部分が分かる古墨ならではの立体感と、色の複雑さを表現しました。

出口胡蝶受賞作「極」倣書画像
(出口胡蝶受賞作「極」倣書)

今回受賞の一番の評価点は、俯仰法という筆法による筆の円転運動が、成功の鍵となりました。
この俯仰法は、王義之が開発した筆法で、習得する事が難しい至難の技と言えるため、私も相当な枚数を書き、やっとの思いで書いたという段階です。

古代ピラミッドの謎を解くように王義之が現れて以降、1700年も脈々と漢字文化圏で義之の技術を誰もが追い求めてきました。
その究極の書の秘密をもっと知り、これから作品を通して現代に伝えて行けたら良いなというのが私の究極の夢です。