Words & calligraphy

漢字エッセイ

書家・出口胡蝶の、書とことば。

202210月2編のエッセイ

宋徽宗の書

~美術を愛した宋時代のラストエンペラー~

文 出口胡蝶

徽宗皇帝が生み出した書体、痩金体(そうきんたい)と呼ばれるオリジナルフォントをご存じでしょうか?
名前の通り、針金のような細くキレのある線が特徴で、好みも分かれるかも知れませんが、高貴で強く美しい書体です。

痩金体の模写
(痩金体の模写)

模写してみて気が付いたことは、皇帝らしく縦に伸びている形なのと、収筆(斜めに大きく抑える)など規則性がはっきりあり、確かに、他に類のない特徴を持っている書体だと思いました。
でも、思ったより難しくはなく、癖を覚えると、突いて一気に抜く線はとても爽快で気持ち良いと感じました。ストレス解消にもおすすめです。

徽宗皇帝草書体
(徽宗皇帝草書体)
徽宗皇帝草書体の模写
(徽宗皇帝草書体の模写)

そして草書の方も、筆の運動が大きく、ダイナミックで即興で書かれた文字は「氣」やオーラが全開になり、自信を持っているからこそできる自由さを感じました。
こんな風に書けたら、政治の事など忘れてしまうのも無理は無いかも?と想像してしまいました。

徽宗皇帝は、前回のエッセイにも触れましたが、芸術家として才能を持ち、画業に没頭し過ぎ、民衆から反乱が起きているうちに他の国に侵略され滅ぼされてしまった悪名高い皇帝です。具体的には、宮廷の中に、芸術家の養成所を作ったり、美術品の保護や、研究などの活動に力を入れました。
そして、御妃など大勢の女性を置き名前が分かっているだけでも166人、子供も35人くらいいたそうです。徳川幕府の大奥は、徽宗皇帝を参考にしたのでは?と思ってしまいますね。

とにかく自分の私利私欲のために民衆から高い税を取り立て芸術へお金を投資していました。
その時代に生まれ、民衆として生きていたら、自分も反乱に参加していたかも知れませんが、長い歴史を俯瞰して見ると、中国美術史上、かなり重要な美術品の黄金期を築き上げ 芸術面で魅力的な中国を作り上げた人であり、平和を好んだ人だったのでは?と思いを馳せ、お会いして書や絵の話しを聞いてみたかったなと思いました。

京都花押記2

~中国の花押~

文 出口胡蝶

先日の京都で、相国寺承天閣美術館を拝観した際に、予想していなかった書画作品に出合い、足が留まりました。
それは、中国の宋徽宗皇帝の「白鷹図」に書かれていました。

宋徽宗皇帝の花押

宋徽宗皇帝の白鷹図の白鷹の頭の上の中央にあった郵便番号の記号のような形で書かれていた花押です。
日本の花押と違い、とてもシンプルで画数が少ないのですが意味は深く、「天下一人」の文字が三画で書かれています。
たった3本の線の中に皇帝であるという大きな意味を含ませている事を知ると、何倍もの価値を持って花押を観ることができ、花押の面白さを感じました。

宋徽宗皇帝 肖像画

中国北宋時代の徽宗皇帝(12世紀初、1082~)は、皇帝でありながらも優れた才能を持ち、芸術家として熱心だったことで政治が疎かになり、国が弱くなってしまったそうですが、徽宗皇帝が書いた作品を見ると超絶な腕前であることから、政治をさぼってしまうのは無理も無いだろうなと思ってしまいます。

そして、徽宗皇帝の花押は中国で一番有名だそうですが、徽宗皇帝の沢山の名品が残っている事で、同時にそこに書かれた花押も目に触れられる機会が増え、有名になったのではないかな?と思いました。

つづく