白隠
白隠慧鶴は、江戸中期の禅僧です。
駿河国浮島(現,静岡県沼津市)に生まれました。
白隠は、全国を行脚しながら、おびただしい数の禅画や墨蹟を残していますが、書画が職業ではなく、臨済宗の名君の祖として 禅宗の教えを説くために書きました。

11歳の頃に母に連れられ、お寺に説法を聞きに行ったときに、地獄と極楽は表裏一体であるという話を聞き、その教えに対する恐怖が、出家の動機になり、「南無地獄大菩薩」と地獄と極楽を同じ画面に描き残しました。

白隠の字は、禅の書の中でも特徴がはっきりしており、白隠が書いた、という事が一目で分かります。
どこが違うかというと、かなりの肉太線だということと、全ての起筆から収筆まで丸みがあり、相撲文字や、寄席文字とも似ていますね。
さらに紙面の下の方が段々字が詰まっていたりして、子供が書いたような感じもします。

大衆文字を取り入れ禅語を書くことで、民衆に白隠の教えが届きやすかったから?なのかなとも考えられます。
だだ、どの作品を見てもウケを狙ってというだけでなく、本人のキャラクターがそのまま表れているような気がしてきます。
今回の「墨蹟」とは? という私なりの結論は、一休さんにしても、白隠さんにしても、高僧の愛嬌を感じ、親しみが滲み出ている書のことのように思いました。
筆跡から、書き手に出会う