阿倍仲麻呂

玄宗皇帝が若くて美しい楊貴妃に夢中になり、政治が脆弱になり宮廷が腐敗していた事で隙を突かれてしまいます。
唐の軍人 安禄山(イラン系ソグド人)によって「安史の乱」が起き、玄宗皇帝は、唐から追われ、ウィグル人に助けられました。
そして一瞬、安禄山に唐を奪われてしまいましたが安禄山もその後滅ぼされました。
そんな混乱の中で阿倍仲麻呂は、日本に一時帰国を試みましたが、途中で嵐に合い、脱出が叶わないまま唐へ引き返しました。
そして日本に帰る事をずっと願っていた仲麻呂が、故郷を思い詠んだ歌です。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」
(※三笠山は、奈良県奈良市の春日大社の裏手にある山です)
仲麻呂が空海と違う点は、役人として秀才だったことだと思いますが、科挙の試験を受けた時点で、唐での役人の道を自ら選んでしまったのではないでしょうか。
空海は、仲麻呂の事を知っていたと思いますが、仲麻呂を反面教師としすぐに日本に帰って密教を広めたいんだ!という気持ちがあったからこそ、2年足らずで帰国したのでは?という思いがいたします。
つづく
書き手のまなざしに、もう少し。